知られざる茶の系譜 - 奈良県と「やまとみどり」
日本茶を語るとき、多くの人は「宇治茶」「静岡茶」「八女茶」といった産地の名前を口にします。あるいは「玉露」「煎茶」「ほうじ茶」といった製法による違いに注目するかもしれません。しかし、ワインのピノ・ノワールのように、お茶の「品種」に着目する文化は日本ではまだ根付いていません。
そこに目を向けると、実は日本茶の世界には驚くべき多様性と奥深さが広がっているのです。
とりわけ注目したいのが、奈良県が生んだ「やまとみどり」という珍しい品種とその系譜です。
伝承では、空海よって持ち帰られた茶種が、日本で初めて栽培されたのは奈良の大和の地といわれています。そんな歴史ある土地で誕生したのが「やまとみどり」です。
奈良県農業試験場本場が大正13年(1924年)に設置された時、県下各地から在来種子を収集して育成されました。その中で、山辺郡山添村上津の茶園から採種して栽培した実生中から選抜した個体が、昭和28年(1953年)「茶農林10号」に登録され、育成地名にちなんで「やまとみどり」と命名されました。
その名前は、かつて「大和」と呼ばれた奈良の地に敬意を表したものでしょう。香り高く、渋みが少なく、温暖な気候に適応したこの品種は、日本茶の新たな可能性を秘めています。
そして「やまとみどり」から始まる系譜は、まるで古代から続く歴史の流れのように、「めいりょく」「おくむさし」「おくはるか」「なごみゆたか」といった魅力的な品種を生み出していきました。それぞれが独自の個性を持ちながらも、系譜を辿ればすべて「やまとみどり」に行き着くのです。
お茶の品種と地域性に着目すると、単なる「日本茶」ではなく、「奈良系品種」という新たな価値が見えてきます。そこには土地の歴史や文化、先人たちの知恵と努力が詰まっているのです。
これからの日本茶では、製法や産地だけでなく、品種とその系統にも注目してほしい。特に「やまとみどり」という珍しい品種とその系譜は、奈良県の茶文化の深さを物語る貴重な資産です。私たちが一杯のお茶を淹れるとき、そこには単なる「日本茶」以上の物語があります。奈良の「やまとみどり」から始まる系譜の物語を知れば、お茶の味わいはより一層深くなることでしょう。

・やまとみどり
〇交配親(母×父):
奈良県在来種の実生から選抜
〇品質特性:
・葉は“長楕円形”で大きさは“中”、色は“濃緑”で、葉面のしわと葉縁の波は少ない。
・晩生種の中では品質は優れている。
・煎茶では香気は高く滋味は濃厚で、品質も良好である。

・めいりょく
〇交配親(母×父):
やぶきた×やまとみどり
〇品質特性:
・成葉は“長楕円形”で「やぶきた」より細形、大きさと厚みはは「やぶきた」よりやや大きい。葉色は僅かに黄色を帯びた緑で、光沢は「やぶきた」より少ない。葉の表面は“平滑”、葉縁の波は少ない。
・内質は香気、水色、滋味いずれも「やぶきた」と同等であるが、清涼感に富む。
※写真は奈良県東吉野村の自茶園から

・おくむさし
〇交配親(母×父):
さやまみどり × やまとみどり
〇品質特性:
・品質は、葉がやや厚いため形状はわずかに「やぶきた」に劣るが、肉質は優れ、香気、滋味は「やぶきた」と同等かやや優る。特に、香気は芳香高く優秀である。

・おくはるか
〇交配親(母×父):
埼玉20号(さやまみどり×やまとみどり) × 埼玉7号
〇品質特性:
桜葉様の甘い香りとコクのあるうま味と甘味を有しており,一番茶・二番茶ともに香気と滋味が‘やぶきた’よりも優れる。加工特性は,蒸熱時間が短いほど‘おくはるか’特有の香気が醸し出される。耐寒性に優れるため,関東以北の冷涼地および全国の中山間地に適している。
※写真は奈良県東吉野村の自茶園から

・なごみゆたか
〇交配親(母×父):
埼玉16号(やまとみどり×23F1-17) × 福岡8号
〇品質特性:
・製茶品質は「やぶきた」より優れ、釜炒り茶にすると甘い香りとすっきりとした喉ごしが感じられる。煎茶としても色沢がよく、香気、滋味ともに優れている。